小山町の魅力発見
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歴史

足柄峠

標高759mの足柄峠からは、縄文時代や奈良・平安時代の土器片が採取され、古くから東国と西国を結ぶ交通の要衝として利用されていた事がうかがわれる。峠からの秀麗な富士山は、古来数々の歌人により詩歌に詠まれている。峠一帯には小田原北条氏の足柄城の遺構や聖天堂、句碑や歌碑など石造物も多い。新羅三郎義光が豊原時秋に笙の秘曲を伝授したという故事の「笛吹石」にちなみ、毎年9月には笛まつりが行われる。

所在地駿東郡小山町竹之下 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~県道365号線(金太郎富士見ライン)を神奈川方面へ25分程度

足柄城跡

1536年頃に北条氏綱によって築城されたとされているが、正確なところは不明。1590年の豊臣秀吉による小田原征伐時に落城。現在は本丸やその他の曲輪、堀切などの遺構が残っている。富士山の眺望は抜群。

玉手ヶ池

足柄城本丸の片隅に位置する池。足柄城の井戸であったとも言われている。日照の年にも枯れたことが無いと伝えられ、「底知らずの池」や「雨乞いの池」とも呼ばれた。名称は峠の守護神「足柄明神姫・玉手姫」に由来。

新羅三郎義光吹笙之石

新羅三郎義光は戦乱の世にあっても風雅の心は失わず、1087年、足柄峠にて豊原時秋に「御尊父(豊原時元)により笙の秘曲を譲りうけ、これを後世に伝えるように託された。貴殿に秘曲を伝授するので京に戻ってこれを守ってくれ。」とこの大石に座り、笙の奥義を伝えたと言われる。

足柄山聖天堂

弘法大師の開基と伝承され、現在は曹洞宗の寺院。御本尊は「大聖歓喜双身天」(秘仏のため非公開)。開運・縁結びとして古くより遠近に知られており、衆生の迷いを救い、願いを叶えると伝えられる。浅草聖天・生駒聖天と並び「日本三大聖天尊」にも数えられており、地元では「聖天(しょうでん)さん」として、人々に親しまれている。

足柄の関

平安末から鎌倉時代にかけて、合戦時などに臨時に峠に関が設置されたことが記録に残っている。

足柄古道

足柄駅から嶽之下宮を通って峠に向かう古道沿いには、源頼光対面の滝や銚子ヶ淵、椿ヶ淵など数々の水辺が広がり、緑豊かなハイキングコースとしても人気のルート。下草に覆われた石畳を進むと、人々が行き交った足跡が偲ばれ、静かに平安の昔に思いを馳せることができる。伊勢宇橋、赤坂古道を経て、芭蕉の句碑や六地蔵に迎えられ、絶景の広がる足柄峠に至る。

アクセス車:小山町役場~県道365号線を神奈川方面へ25分程度

粟の木沢の題目碑

文永11(1274)年に日蓮上人が身延山に入山する途中と、弘安5(1282)年池上本門寺へ入寺するときに、竹之下に泊まり御本尊を授与された。その後、上人の遺骨が池上より身延山に送られる時も竹之下に泊まったため、講を作り文教2(1862)年に足柄古道の富士の見える場所に題目碑を建てたとされる。

芭蕉の句碑文

足柄古道に立つ碑。「目にかかる 時やことさら 五月富士」と書かれる。1694年夏の作。くもりであったため見えないと思っていた富士山が、予期せず雲の切れ間よりあざやかに姿を現わし、殊更美しかったと詠んだ句。

赤坂古道

相模の国より甲斐の国へ海産物を運搬するのに利用されていた。昔このあたりで須恵器を造るための赤土が取れたため名づけられたという。「天狗松」「駒留の松」「景気石」「呼まわり石」「夜泣き松」等がある。

アクセス車:小山町役場~県道365号線を神奈川方面へ25分程度

栗の木沢の唯念名号碑

高さ3.8メートル、幅1.5 メートル、唯念上人の筆による六字名号碑としては日本最大のもの。1839年に上人の遺徳を偲んだ地元の人たちにより建立された。独特の書体で刻まれた南無阿弥陀仏の文字は一見の価値あり。

新田次郎文学碑

自然をこよなく愛し、富士山を愛した新田次郎氏は、「強力伝」「怒る富士」「新田義貞」など、数々のベストセラーを出版。小山町内で取材をし、富士山に係わる多くの書物を残した。町は氏の富士への愛と誠意に感謝を込め、生誕90年にあたる2005年、富士山展望日本一を誇る「誓いの丘」に文学碑を建立した。碑文は、「富士の美」から選定され、『恋をしている若者たちの眼に映る富士山はバラ色に輝いて見えるであろう』と刻まれている。

アクセス車:小山町役場~県道365号線(金太郎富士見ライン)を神奈川方面へ15分程度

和泉式部誕生石

竹之下字観音堂の田んぼの中にある、直径1mほどの石で、和泉式部誕生石と言われ、名のごとく和泉式部の誕生地の伝説を伝えている。和泉式部の二度目の夫が、金太郎の主君、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)であることが縁で、金太郎が頼光に知遇したのではないかとの説も唱えられている。

所在地駿東郡小山町竹之下観音堂 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~足柄~御殿場方面へ15分程度

古見豆人の碑

金太郎富士見ラインの足柄城跡の側道沿いに位置する石碑。豆人の本名は古見一夫と言い、校長職を経ながら号を豆人と称した俳人としても名高い。小山町では「坂田公時の研究」の著作で有名。

アクセス車:小山町役場~県道365号線を神奈川方面へ25分程度

生田蝶介の碑

富士山を見渡せる足柄城跡に建つ。歌人、小説家として明治~昭和に活躍した生田蝶介の短歌が刻まれている。下関出身だが小山町に疎開したことで親交を深めた。この碑には「全貌を 裾野まで見せてあますなし 不二は悠然と 天ささげ立つ」とある。

所在地駿東郡小山町竹之下 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~県道365号線を神奈川方面へ25分程度

足柄峠六地蔵

足柄峠まであと一息というところに鎮座する地蔵群。「六」の所以は六道(地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道)を彷徨う衆生を救済する六人の地蔵菩薩様からきているといわれている。しかしこの六地蔵は2箇所にあり、峠に近いものを「上の六地蔵」、もう一方を「下の六地蔵」と呼び区別している。「下の六地蔵」は8体あるが、これらはいずれも竹之下合戦の弔いのために方々にあったものを、一カ所に集めたものではないかと言われている。

アクセス車:小山町役場~県道365号線を神奈川方面へ25分程度

臣嶽山 興雲寺

「興雲寺」の御本尊は子安観音菩薩(こやすかんのんぼさつ)で、安産祈願のお参りをする人も多いが、夜泣き、かんの虫にも御利益がある。ここでお参りをした後、子供を授かったという報告が数多く寄せられており、ぜひ子供が欲しい人は祈祷をお願いするとよい(要予約)。弘法大師が諸国巡歴の途中、この地で秘法を伝え、真言宗の密院として建立したと伝えられ、鎌倉時代、竹之下孫八左衛門源頼忠( 大森頼忠)が開基となり、厚く保護した。天文5(1536)年、揚天宗播和尚により曹洞宗に改宗し、寺号も興雲寺に改名した。

所在地駿東郡小山町竹之下1171 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~足柄~御殿場方面へ15分程度

大雄山 宝鏡寺

曹洞宗の寺院。古くは「地蔵院」と号し、後「善光寺」と改称、14世紀中頃に現在の「宝鏡寺」となる。県の指定文化財にもなっている本尊の延命地蔵尊は聖徳太子の作と伝えられており、60年に一度公開の秘仏(1958年実施)。町の人たちからは「竹之下のお地蔵さん」と呼ばれて親しまれている。

所在地駿東郡小山町竹之下1462 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~足柄~御殿場方面へ15分程度

和泉山 円通寺

小栗判官助重が愛馬「鬼鹿毛」をこの地で弔ったのが圓通寺の起源。馬頭観音のお寺で、2014 年は60年に一度の秘仏公開の御開帳の年に当たる。馬を成合している観音様で、競馬・乗馬界の祈願者が多く訪れる。交通安全はもちろん、小栗判官と照手姫の由緒から縁結びの参拝者も。本堂左手には円筒の中にチベット経典が納められている、摩尼車(まにぐるま)と呼ばれるものがあり、これを回せば回すほど御利益がある。本堂右手、旧寺屋敷より出土したという馬頭石(ばとうせき)も印象深い。

所在地駿東郡小山町新柴292 Googleマップで見る
アクセス車:小山町役場~足柄~御殿場方面へ15分程度
公式HPhttp://www.go-city.jp/entuji/

唯念寺

唯念上人(ゆいねんしょうにん)は仏の道を説き、念仏講を世に広めた人物で、奥の沢の谷で修業をしたと言われている。上人を慕う村人や信者が天保元年、『唯念寺』という草庵を建て住まわせたとされる。草庵は関東大震災の時に壊れ、奥の沢より現在のこの地に平成12年から20年迄の歳月を掛け再建された。小山町観光12選にも選ばれている。

所在地駿東郡小山町上野1507-1 Googleマップで見る

阿多野用水

寛文8(1668)年に穀屋喜多善左衛門と、湯船池谷一左衛門に請われて開発の許可を得、寛文12年に用水路が完成された。水は富士山からの雪解け水ではなく、丹沢の水で『布引(ぬのびき)の滝』の湧水が出ている。水は澄んでいて冷た過ぎず、手掘の水路へ流れるようになっている。

所在地駿東郡小山町阿多野 Googleマップで見る

夜泣き石

天神橋を渡るとすぐの大胡田天神社の鳥居の横にある。子供の夜泣きを治すための石で、モミヌカか供物を持参して、石の中央のくぼみに入れて祈願すると効き目があるといわれている。転じて子供の健康祈願に参る人も多い。

所在地駿東郡小山町大胡田 Googleマップで見る
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