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金太郎ストーリー

ページID:0004287 更新日:2026年3月1日更新 印刷ページ表示

まっ赤な赤ん坊

むかし、京都から来た八重桐という名の山姥が、中島の里に住むようになりました。
ある日の金時山中、八重桐は夢の中で、赤い龍と結ばれ、赤ん坊を宿しました。
山をおりると、白い着物一枚で滝に打たれ、お腹の赤ん坊の無事を祈りました。
月満ちた五月のある日、八重桐のお腹から、大きな産声と共に、まっ赤な体の男の子が生まれました。

子迎えの夕日

赤ん坊は金太郎と名づけられ、お乳をよく飲み、丈夫に育っていきました。
金太郎の遊び場は、山や沼。屋敷のある中島から生土へおり、八重山の峰伝いに足柄峠を駆け登ると、富士山が麓から大きく見えてきます。
金太郎はここから眺める富士山が大好きでした。
山では、けものたちが待っています。クマと相撲を取ったり、けもの同士で相撲を取らせたりして遊んだあと、お母さんが持たせてくれたおにぎりをほおばりました。
日が暮れる前に、薪を取ると、峠をおります。生土まで来ると、八重桐が金太郎をいつも待っていました。
夕焼けで赤く染まった道を、ふたり手をつないで屋敷へ戻るのでした。

八重桐の心配

金太郎は大きくなってくると、八重桐も知らない遠くの山へも出掛けるようになりました。
ある時、金太郎が山から帰って来ない日がありました。崖から落ちたのか、けものに襲われたのか…八重桐は心配で、その晩も、次の日も泣いて過ごし、三日目、金太郎が無事に帰って来ると、金太郎の真っ赤な丸顔を両手ではさみ、今度は嬉し泣きしました。泣き過ぎて、目もまぶたも赤く腫れあがり、ちくちく痛みました。
金太郎は申し訳なく思い、その目を治すために、箱根の温泉へ八重桐を連れて行き、湯治をさせました。
季節が変わる頃、八重桐の目はすっかり治りました。金太郎は母に心配を掛けないように、薪取りや畑仕事に今まで以上に精を出し、体も心も大きく育っていきました。

お別れの桜

都の武将源頼光が下総から京都へ帰る途中のこと。
足柄峠にさしかかると、不思議な赤い色をした雲を見つけました。雲を目指して山道を進むと、金太郎親子に出逢いました。
頼光の家臣は金太郎を大変気に入り、八重桐もまた金太郎を武将にしたいと思っていましたから、金太郎は頼光について都へ行くことになりました。
金太郎は、山に一人で残る母がさみしくないようにと、屋敷に山の桜を一本植えて行きました。春には花が咲いて、八重桐をなぐさめてくれることでしょう。山のけものたちにも別れを告げました。
都へ行った金太郎は、頼光の四天王の一人としてたくさんの手柄をたて、日本中にその名をとどろかせたということです。

 

金太郎年表

西暦

元号

金太郎の出来事

金太郎の年齢

956年

天暦10年5月

小山町中島で元気な産声をあげながら誕生

1歳

966年

康保3年

金時山にて熊と相撲を取り見事大勝利

11歳

 

 

柳島の沼子池で大きな緋鯉を発見し捕獲
その際に空高く跳ね上がり、後の鯉のぼりのモデルになる

 

 

 

母の湯治のため、箱根姥子温泉に通う

 

976年

天延4年3月1日

足柄峠で源頼光と出逢う
力量を認められて家来になる

21歳

 

 

坂田公時に改名

 

 

 

京へのぼり、渡辺綱・ト部季武・碓井貞光らと共に頼光四天王に名を連ねた

 

990年

永祚2年

酒呑童子を征伐
その後も全国をまわり、鬼や賊を倒してまわった

35歳

 

 

賀茂の祭で初めて牛車に乗り、車酔いでフラフラになる

 

1010年

寛弘7年12月15日

筑紫へ向かう途中、勝田(岡山県勝央町)にて、重い熱病にかかり亡くなる

55歳

oyama