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ふるさと小山の伝説として、語りつがれてきた「足柄山の金太郎」が一躍、脚光をあびて世に出たのは、昭和の初めのことです。
このころ、地域の教育力が大きく叫ばれました。昭和6年に、当時成美小学校の校長だった古見一夫先生の「坂田公時の研究」が脚光をあびました。そして、翌年甘露寺住職だった深谷博道師の名著「金時が語る」が出版されました。また、こうした方々を中心にふるさとの伝説金太郎のピーアール運動が盛り上がりました。そして、文部省制定修身教科書に「金太郎」が取り上げられ、その誕生地が「小山」であることも指導書に明記されました。
一方、金太郎誕生の地、中島では金時神社が建てられ、チョロリ七滝の金時公園もつくられました。そこで、若葉5月に金太郎春まつりが盛大に行なわれています。
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金時山は、箱根外輪山のひとつで、猪が空へ鼻を突き出したような格好をしています。このため、昔は猪鼻山と呼ばれていましたが、金太郎がしばしば遊びに登ったことから、金時山とよばれるようになりました。
山頂には、金太郎が熊と相撲をとったとき、踏み割ってすべらせてしまったという「踏割石」や、金太郎が登って遊んだという八畳敷くらいの平らな大岩「遊び石」などの話が残っています。
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中島に「坂田」と称する小字があります。坂田には3軒の家があり、その1軒が坂田公時の生家と言い伝えられています。その屋敷は、山のすぐ裾のありましたが、現在は下の段に移転され、元の屋敷は「金時屋敷」と呼ばれてきました。 そして、昭和9年、金時屋敷跡に金時神社が建てられました。現在は金時公園として、金太郎の産湯に汲んだというチョロリ七滝や、金太郎が登って遊んだといわれる金時杉(2代目)、金太郎母子が深く信仰したという第六天神社などがあります。
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岡山県勝田郡勝央町は、金太郎終焉の地と称され、その墳墓と神社があります。
金太郎がとりもつ縁で小山町と勝央町は昭和48年11月24日に姉妹縁組を結びました。
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商工観光課 観光スタッフ
T E L:0550-76-6114
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更新日: 平成21年4月3日
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