小山町 町長室 おやまを導くらしんばん

らしんばん(町長のエッセイ)

縁の下の力

 「富士紡績50年史」に富士紡が小山町に進出した際の苦労話が記されている。

 村田屋旅館の岩田蜂三郎、万次郎親子が六合村への誘致に動いたものの、用地の取得で大反対に遭った。

 ある日、意を決して2人の地元有力者を呼び、説得を試みた。この時、隣の部屋には刀を用意し、不調の折には2人を切り捨て、自らの命も落とす覚悟だったと、後年語っていたという。

 開発事業は用地の取得が生命線といわれる。 理解を得られず、用地取得までに長い年月を費やしたり、一部の取得が叶わず、事業を断念するケースもあるようだ。

  町は今、「100年の計」と銘打った三来拠点事業とともに大きく変わろうとしている。8地区に及ぶ開発面積は600haを超える。

 用地交渉は班長の下、キャリアを生かした外部登用のメンバーも含め総勢4人。どこの役所にもないプロ集団と自負している。既に湯船原地区工業団地用地、太陽光発電所用地、足柄地区ではSA隣接地の民間開発用地を手掛けてきた。

 三来拠点づくりはまだまだ続く。用地班の心意気にエールを送りたい。      

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